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2010年4月23日 (金)

無事に送り出してきました。

本日、大田区の臨海斎場にてお義母さんを送ってきました。
愛する家族に見送られてお義母さんも喜んでくれていると思います…思いたいです。

「普段通りに送り出してほしい」というお義母さんの希望通りにできたんではないかと思います。
あらかじめ今回のプランを作って葬儀屋さんに提示したのでスムーズに運び、明朗会計でシャンシャンでした。

納棺の時、私は絶対に大丈夫だと思っていたのですが大泣きしてしまいました。

お棺に入れるお花もいつもお世話になっているアガットさんに良くしていただき、お義母さんは溢れんばかりの大好きな花に囲まれて旅立っていきました。

考えてみると、私たち夫婦は自分たちの結婚式もセルフプロデュースでしました。
今回のお別れもセルフプロデュース。
私たち夫婦はそうゆう星の下に生きているのかもしれません。

臨海斎場では女房と女房の妹とおばあちゃんの3人でお骨の確認をしました。
話によると、腹水が溜まっていたあたりになんとも表現しづらいシミのようなものが広がっていたそうです。
「焼いても残るほどのガンだもの。よく頑張ったよね」と3人は口を揃えて言いました。
「コイツが原因でって思うとやりきれないけどさぁ…」と女房。
お義母さんが健康診断に行くたびに「骨密度だけは20代って言われちゃった~♪」と自慢していた通り、リッパな骨でした。
どのくらい立派かというと、骨壺が男性用だったぐらいです。
骨まで自慢のお義母ちゃんです。

自宅に帰ると「死んだら開けて」と書かれた箱が出てきました。
いつの間に…?と思いながら開けてみてビックリ。
いつ書いたのか、リッパな遺言状が出てきました。
中身を見てさらにビックリ。
お義母さんがいなくなったあとにするべき手続きは、すべてお義母さん自身の手で済まされていたのです。
残していくおばあちゃんのことについても、娘たちのことについても事細かに指示がされていました。
どこで覚えたのか、自分の遺した貯金で基金を作り、それをこれからの生活に充てなさい、という指示までありました。
本当に驚きました。

お義母さんは老後に家族に苦労をかけることもなく旅立ちました。
考えてみると、実に娘孝行、婿孝行な母親です。

今回のお別れは私がお義母さんから受けた恩の100分の1も恩返しにはなっていないでしょうけど、お義母さんが喜んでいてくれれば嬉しいです。

なんだかぽっかりとどこかに穴が空いた気分です。
さっきまでお義母さんはここにいたのに…。
やっぱり顔を見られなくなるのはさみしいですね。
でも体がなくなった分、みんなの心の中にいてくれます。
これからはどこに行くのも一緒です。
また楽しい思い出をいっぱい作ろうと思います。

末筆になりますが、今回のことで弔問に来てくださった方、励ましのメールをくださった方、皆さんのおかげでどれだけ勇気づけられたらわかりません。
言葉にできないほど感謝しています。
本当にありがとうございました。

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コメント

ご愁傷様です。
こちらも2年前の5月に義父が旅立ちました。自分も大丈夫だと思って出棺の時のあいさつを義母の代わりにやらせてもらったのですが誰よりも一番号泣してしまい恥ずかしい思いをしました。
義理の息子なのにいつも優しくしてくれた義父でした。
それにしても凄い立派な義母ですね!
素晴らしいです。病中苦しい中でなかなかここまでできるものではないと思いますよ。奥さんも情緒不安定になりがちになるかもしれませんがしっかり支えてあげてください。

投稿: 及・雄・ | 2010年4月25日 (日) 07:51

及雄さん。
まぁ誰だかわかりやすいハンドルでのコメントありがとうございます。
こちらも義理の息子にもかかわらず大泣きでした。
今から考えると周りはドン引きしてたんじゃないかしら?
しかし、おっしゃるとおりリッパな母でした。
いつの間に?って感じでした。

投稿: くうみん@管理人 | 2010年4月27日 (火) 12:45

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