さよなら、井の頭線のステンプラカー、3000系。
なんだか、最近京王線に乗ることが多いんですよね。
京王線に限ったことではありませんが、中吊りなんかは気になるのですがそこは鉄道オタクの悲しさ、ついつい鉄道関係に目が行ってしまいます。
来週は天皇賞でっか。
最近は競馬もやってないなぁ、とは思いつつ、ギャンブルの才能、いわゆる博才は全くないので手を出さない方がいいかとも思います。
天皇賞の日は東府中駅に準特急が終日停まるそうです。
東府中は競馬場の最寄り駅である府中競馬正門前に至る競馬場線が分岐する駅。
とはいえ、競馬場線は1駅しかないんですが。
…ん?
昔は競馬のある日は府中競馬正門前から新宿行きの特急電車が走ってなかった?
私、たまたま乗ったことがあって、「東府中って特急停まんないのにどうすんだろ?」って思ってたんですが、なんと分岐駅である東府中を通過してそりゃあ驚いたことがあります。
…記憶違いじゃないよね?
それからこちら。
とうとう今年の12月いっぱいで井の頭線から3000系が完全に引退するそうです。
先日は京王線の6000系が引退し、だんだん寂しくなりますね。
私にとって井の頭線は3000系ですね。
その前は緑色の旧1000系だったかな?
子どもの頃には旧1000は少ししか残っておらず、各停運用のみだった気がします。
3000系はその造りから「ステンプラカー」なんて言われてましたよね。
テンプラじゃないですよ。
「ステンレス」と「プラスチック」で「ステンプラ」なんです。
18メートルでね。
昔は片扉車があったりして。
途中で顔が変わったりね。
行き先も昔は隷書体でね、「渋谷吉祥寺」って起終点両方書いてあったよね。
急行は丸いカンバンに「急」って書いてあってね。
こう考えると私ってばけっこう井の頭線に思い出があるのね。
自宅のあった田無からバスで吉祥寺に出て、そこから井の頭線に乗って下北沢経由で喜多見にあった母親の実家によく行ってたしね。
3000系って1962年のデビューなんですって。
昭和37年ですか?
さすがに当時製造された車両はないでしょうけど、息の長い車両だったんですね。
長い間おつかれさまでした。
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