昨今、子どもがケイタイを持つことが議論されている。
特に学校への持ち込みがその議論の中心のようだ。
大阪あたりの口の悪い府知事も問題にしてるようだけどね。
同じことを違う人が言うと内容は同じでも伝わり方や聞こえ方が違う。
彼には政治家としての真実と真面目さが感じられない。
軽薄なのだ。
だからなにを言っても軽く感じるし真実味や重みがない。
ただ思ったことを言うだけならそれはワイドショーのコメンテーターと一緒だ。
記者につるし上げを食らって泣いて言い訳をする前にちょっと考えてほしい。
私自身はケイタイは便利なものだし、なにかと物騒な世の中なので子どもにはケイタイを持たせたいと考えている。
子どもいないけど。
授業中には使わない、通話に使いすぎないなどの節度を持って使えば何の問題もないと思う。
しかし子どもに節度を求めるにはいささかムリがある。
それはいまの子どもも我々が小さかった頃の昔の子どもでもそれは同じだ。
先日バスに乗っていると途中からこの近くにある私立の学校の小学生の集団が乗ってきた。
そしたらほとんどの子どもがケイタイを取り出していじりだした。
この学校は私立だし通学距離も長いから親も心配で持たせているようでそれは理解できる。
しかし、問題はそのあと。
使い方の実際だ。
横にいた子どものケイタイのアドレス帳には「たかし」「けんたろう」などのほかに「しゅんすけ父」や「こうへい母会社」などという文字が並んでいる。
中には「オレ、アドレス帳100件目指してるんだぜ」とか「だれだれの番号知ってる?教えて!」などと言っている子どももいる。
つまり親が自分の子どものために教えた番号や、別の友だちの番号を好き勝手にやり取りしているのである。
ここにはプライバシーやマナーというものは存在しない。
ほかにもアドレス帳を見ながら「よしだって誰だ?『あんただれ?』ってメールしてみよっと」という子どももいた。
正直、私のところにこんなメールが来たら相手をぶん殴りたくなる。
それよりも子どもがいとも簡単に犯罪に巻き込まれる危険性が十分にある。
いや巻き込まれると言うよりは自分から危険に飛び込んでいく感じだ。
それと「アイツ、メールでいじめちゃお」なんて言ってる子どもがいた。
メールというのは相手に字面しか伝わらないものだから気を使うものだが、子どもにはそれがない。
便利なはずのメールが新たないじめの温床となっているのは確かなようである。
私は前述の通り、「子どもにもケイタイを持たせた方がいい派」だった。
姪っ子のあーちゃんが小学校に入ったらケイタイを持たせたいとも思っていた。
しかし、現実を見てしまうとどうにも考え込んでしまった。
うちの場合、あーちゃんにケイタイを持たせても使うのはあーちゃんでその影響は友だち全体に波及しちゃうのだ。
子どもの集団心理というのは大人のそれよりも遥かに大きい。
現実を知ってしまったいま、やはり子どもにケイタイは必要ないのかな…と思ったりする。
禁止するなら禁止するで強権でも発動していっせいに禁止にしたっていいと思う。
ほら、大阪の府知事さん。
アンタいいこと言ってんだからさ、もう少しものの言い方を考えて発言しなさいよ。
府民に考え方をわかってもらって理解実践してもらうことこそ府知事の役割ですぞ。
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