2008年9月15日 (月)

第42回敬老の日。

今日は敬老の日。
昭和41年に祝日として制定されたそうな。
なので今年で42回目。
ちなみにその前までは「としよりの日」や、「老人の日」と呼ばれていたそうな。
なんちゅう名前じゃ。

昨日のうちに母方の祖父である殿様のところに「敬老」してきた。
90歳になるが、頭から上はすこぶる元気である。

実家にはネコが2匹。
こんなに大きくなっててちょいとビックリ。
Nene_koko_080915
でも、真ん中でぶら下がってるヒモの誘惑には勝てず、ネコパンチを繰り出してはちょっかい出しています。
あんまりしつこくやったもんだからジーンズの上から引っ掻かれました。
アタタ。

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2006年1月18日 (水)

ラーメン屋さん探し。

こないだテレビでサンボマスターが食べたいと行っていたラーメン屋があるので探していってきた。
殿様の病院からそう遠くない場所にあるので、お見舞いの帰りに行ってきた。

感想は…そんな美味しくなかったな。
1回ではわかんないのでもう1回行こうと思ってるけどね。
今度はつけ麺でも食うか。

環七沿いはラーメン屋が多いけど美味しいところは数えるくらいしかないな。
一番美味しいところは、世田谷野沢の「せたが屋」だね。
あそこは美味い。

例外として、新代田の駅前にもラーメン屋が2軒あるけどどっちも美味いらしい。

ほかに有名な店もあるけど大したことないね。

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2006年1月14日 (土)

またも殿様のお見舞いへ。

殿様とはうちのジイさんのことである。
清瀬の病院に転院していたのだが、具合が悪いこととあまりにも遠いので、元々いた中野の病院に再転院となった。

しかし、今日母親から、「昨夜おじいちゃんの血圧が50まで下がって、呼吸が止まった。油断できない状態だから見に行ったほうがいい」と電話がかかってきた。
そりゃ、いくらなんだって良くないのですぐにでも行きたかったが、午後から研修が入っていたので、それが終わってから病院に駆けつけた。

病院に行ってみると、顔色はいいし、表情もハッキリしている殿様がいた。
なんだ、大丈夫そうじゃないか。
「元気?」と声をかけてみる。
元気じゃないから入院してるのは承知の上だ。

すると殿様こう言った。
「おじいちゃんはね、いま危篤状態なんだよ。」
自分で危篤だという患者には初めてお目にかかった。

きちんとしゃべれるし、バイタルも血圧が上は90、場合によっては100を突破しているし、酸素も100が出たりする。
「酸素」とは酸素を取り込んでいる率のことで100が最高である。
これだけ見れば、まったく元気な普通の年寄りに見える。

こんなことも言っていた。
「なんかね、昨日かな。みんなが周りで騒いでるんだよね。それで何かな?と思ったんだけどおじいちゃんね、血圧が下がりすぎちゃったんだって。」
そりゃ大騒ぎにもなるわいな。
なんとも本人にはノンビリしたものである。
ちなみに、そのときに呼吸も止ったんだってよ、とは本人には言わなかったけど。

そんで帰り際に看護師さんに「ご家族がいる間に吸入してください」って言われたので、やろうと思ったら、なんと殿様自分で吸入器をもって吸入を始めたのである。
世にも稀な「自分で吸入をする自称危篤患者」である。

時間になったので、「困ったらココを押して看護師さんを呼ぶんだよ」って言ったら、殿様が「ここに置くのは作戦がいるんだよ。ここに黒を置いたら、ここに白を置くだろ。そうすると角が挟まれるから…」と言い始めた。
最初は何のことだか分からなかったのだが、どうやら囲碁のことのようだと分かった。
ナースコールのボタンを碁石に見立てて囲碁の解説を始めたのである。
ちなみに殿様は囲碁が大好き。
私もまねごと程度なら打てるので元気なら相手してあげられるのにな、と思った。
そういえば、このボタンの上にあるスピーカーの網目が碁盤に見えないこともない。

「じゃあ、明日も来るから囲碁の話は明日聞くね。」と言って帰ってきた。
女房に「殿様は妄想が見えてあんな話をしたのだろうか?」と言うと「違うよ、おじいちゃんは帰って欲しくないから引き止めようとして何でもいいから思い浮かんだ話をしたんだよ。」と言われた。
本当にそうならそれはそれでいいんだけどさ。

昨日も寝てから異状があったっていうし、寝る前に起こることはちょっと警戒しているのだ。
明日もお見舞いに行くことにしよう。

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2005年12月25日 (日)

私にとってまだまだ必要な人。

私は祖父のことを「殿様」と呼んでいる。
亡くなった祖母がそう呼んでいたのを気に入って、私もそう呼ぶようになったのだ。
本人も悪い気はしないらしく喜んでいる。

1年以上前から入院しているのだが、最近転院した。
場所は清瀬市だ。
清瀬。東京の市部の中でもかなりの田舎に入る。

有名なのは、病院がたくさんあること。
昔は空気のいいとこだったらしく(今もだけどね)結核関係の病院がたくさんあるのだ。

殿様もそんな病院の中のひとつに入院している。
私は元々西東京市の人間だから、西東京からだったらそんなに遠くないのだが(それでも車で30分はかかるけど)残念ながら私のうちは世田谷の三軒茶屋だ。

清瀬は同じ東京とはいえ思った以上に遠いのだ。

24日の日にコンサートを見ていると母親から電話があった。
入院中の殿様の具合が悪いと言うのだ。
具合が悪いから入院しているだけど、そういう意味ではないらしい。

熱が39度あって、もしかして肺炎だったらヤバいかも、というのだ。
なんせ87歳だからね、なにがあってもおかしくはない。
でも、多分今日は大丈夫だよね。
今日はコンサート見て、明日朝から行くよ、ってことにした。
なんて祖父思いの孫だろう。
ゴメンね、殿様。

そんで、朝から病院に向かったのだが、まあ道の空いてること。
いつもこうならいいのに。

そんで、殿様のところに到着。
私のことは分かるし、言ってることは聞きづらいけどわかる。
熱も下がったみたいだし、これも看病のおかげだろうか。

そんで、殿様がこう言った。
この言葉はハッキリ聞こえた。
「これで、オレの一生も終わりかな…」
そこで、辛口の孫はこう言った。
「本当に一生が終わりそうな人はそんなこと考えられなくなるから、まだ大丈夫だ。本当にそうなりそうになってから考えればいい」
なんだか禅問答みたいだが、本人も笑ってたのでよしとしよう。

でも、お願い。
前の病院に戻って。
やっぱ清瀬は遠いわ。
道が空いてたって1時間半かかるもん。

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2005年11月 7日 (月)

トラフィックマスターの屈辱。

お墓参りに行ったついでに時間に少し余裕があったので、「せっかくだから紅葉でも見に行こうか」と周りの意見も聞かず自分で勝手に決めた。
母親や女房や姪っ子には振り回されるが私は決断力があるのだ。
そして失敗する。

まあ、それはさておき…。
この時期なら山、東京の山といえば高尾山!
というわけで高尾山に向かった。

実は高尾山に行く手前に紅葉…いや黄葉スポットがあるのだ。

そこは、甲州街道ぞいの西八王子駅付近を中心とした場所なのだが、およそ2キロ(ぐらいだと思う)に渡って、そりゃあ見事ないちょう並木になっていて、秋口には真っ黄色なトンネルになるのだ。
これはすごいよ。
じゃあ、ここを見せてやろうってワケで行ったのだが、黄葉はだいたい5割くらいだった。
面白いのはあるブロックは何本か固まって黄葉しているのだが、あるブロックの何本かはまったく黄葉してないこと。
日当たりの関係だろうか?
同じ木でも上半分と下半分で葉っぱの色が違う木なんかもあった。
それでも、「キレイだね~」とか言いながら見ていた。
唯一残念だったのは、車内でそのとき姪っ子のあーちゃんのオムツを替えていたため、車内がウ○コ臭かったこと。
まあ、しょうがないけど。
かわいいあーちゃんのだから臭くないよ。…ウソ。やっぱ臭いわ。くちゃいくちゃい!

そしてそのまま高尾山へ。
ここも紅葉は約2割ぐらいだったろうか?
雨も降り始めたし、麓から見りゃあいいやね、と車の中から見学し、もみじ狩り終了。

その帰り道、町田街道から、尾根幹線に抜けた。
この道はふだん空いてるはずなのに、今日に限っては激混み!
裏道の達人としては、裏道が裏目に出た格好だ。
くっそー!ちっくしょー!ぐやぢー!

私は、同じ時間かかるなら回り道をしてでも走り続けていたいマグロのような性格だ。
しかもここからでは横道も抜け道もない。
だんだんイライラしてきた。
しかしこんなことでイライラを呈するのは股間に…ちゃうちゃう、沽券にかかわる。
そのとき車内に流れていたのはB’z。
なぜか女房の最近のお気に入りだ。
そこで試しに中島みゆきに変えてみた。
すると、車内全員、私を除いて大爆睡。
作戦成功。
なんかホッとした。ありがとう、みゆきお姉タマ。
あとは、私が寝ないことだ。

しばらくすると、母親の目が覚めてこう言った。
「あ、お兄ちゃん。寝ちゃってスイマセン。本当に申し訳ございません。ゴメンね、ごめんなさい…。zzz。」
またすぐ熟睡。
…ふだん、なんかあんのか?まあストレスは誰にでもあるわな。

しばらくすると、弟の目が覚めてこう言った。
「あ、なんだ、兄貴、起きてたんだ。…。zzz。」
また、すぐ熟睡。
あたりめーだ!オレっちが寝ちまったら誰がこの車運転すんだよ!

その後、せっかくおばあちゃんのところに行ったんだから、おじいちゃんのところにも行こう、というわけで入院中の殿様の許へ。
すまん、殿様。
ついでってワケじゃないんだが…。
思ったより元気そうで安心したよ。

それから弟一家を送っていったのだが、あーちゃんとバイバイするこの瞬間がおじちゃんは一番たまんないよ。
…って、おばちゃんばっかじゃなくっておじちゃんにもバイバイしてくれよ!
今日8時間も車運転してガンバったのはおじちゃんなんだから!

そんなこんなで、久しぶりのみんなでのお出かけはとっても楽しいものになったのであった。
私だけかな?
そんなことはないな。…たぶん。

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2005年9月 7日 (水)

わが家の殿様。

わが家の殿様。当年とって87歳。
大正7年生まれ。
子ども7人、孫8人、ひ孫1人。

なにを隠そう私のじいちゃんである。
孫が30歳を過ぎても健在でいてくれるのは素晴らしいことだし、心強い。
名前は清正。
清正公、名前からして殿様である。
今の楽しみはひ孫といっしょにご飯を食べること。
その殿様は1年前から入院している。

その理由は…あれ?なんだっけ?
たしか去年の今頃喘息の発作を起こして入院したと思ったんだけど、それ以来退院していないんだったな。
そんで退院しないのは、入院している病院の名誉院長が殿様の子分で「いつまでもいてくれてもいいんですよ。」という社交辞令を間に受けちゃうからだな。

殿様に「何で入院してんの?まだどっか悪いの?」と聞くと、しばらく考えたあとおもむろに「悪いところはない気がする。なんで入院してるのか忘れた。それを思い出すまでここにいる。」とのたまった。
どう?
87歳の年寄りにしてはなかなかシャレがきいてる答えだと思わない?

まあ、元々障害者ということもあり、確かに足腰は弱っているし、トイレも歩くのに覚束ない状態だから入院しているのも不思議ではないし、普段は特養病棟みたいなところにいるので入院しているという雰囲気ではない。
「体が弱ってるし、うちにはまだ帰れないな。」というのが口癖だが、殿様よ、それは老化という名の自然現象だ。
100メートルを10秒で走れる87歳がいてたまるものか。

その殿様が体調を崩したらしい。
体調を崩しているから入院してるんだから、体調を崩したっていう言い方はヘンといえばヘンなのだが情報によると、ヘルペスが原因で40度近い熱発で、しかも顔が腫れているらしい。

病室に行って本当に腰を抜かさんばかりに驚いた。
ホントに顔が腫れているのだ。
医学書の写真で症例として出ているヘルペスの顔の殿様がそこにはいたのだ。
顔の右半分がかさぶたで覆われちゃっていたのである。

しかし、そんな状態にも関わらず、まあよくしゃべること。
鼻が詰まった、口の中にもおできができている、入れ歯は下だけ入れている、今日は流動食を食べた、トイレに行こうかと思ったら転んで頭打ってたんこぶができた、転んだら起き上がれなくなって病室のトイレのドアをガンガン叩いて看護婦さんに来てもらった、ティッシュがなくなった…15分ほどでこれだけの情報を本人から得ることができた。

ちなみに殿様はいま個室。
まあ、感染症だし顔が顔だけに同じ病室にいる別の人がビビっちゃうだろう。

うちの殿様は元々障害者である。
だから自称寝たきり老人である。
たしかに20年ぐらい前までは同年齢の人と比べると体力的にもハンデがあったが、いまや同年齢の人も足腰が十分弱ってきているので全然元気に見える。
特に首から上はバッチリ元気だ。
アゴと声帯は特に元気なんじゃなかろうか。
もううちに帰ってもいいんではないか、といつも思う。

でも、賢い孫は気づいている。
殿様がうちに帰らないのはおばあちゃんがいないからだ。
おばあちゃんがいないうちには帰りたくないのだ。
殿様と夫婦を56年やってたおばあちゃんは2年前に神様のところへ旅立っていった。
孫から見ても決してラブラブな夫婦ではなかったが、それだけ夫婦を続けてきたんだから、どこか二人以外には分からない心の深いところでつながっていたに違いない。

殿様は入院中も日記をつけているのだが、こないだこっそり見てみた。
人の日記を見るなんて悪趣味だと言うかもしれないが、殿様の日記は机の上に思いっきり開いたまんま置いてあるためイヤでも見えてしまうのだ。
そこにはこんなことが書いてある。
「今日も何とか生きている。妻が天国から見守っていてくれているからだろう」
…こういうこと書くから憎めないんだよなぁ、このじいさんは。
「おばあちゃんが『うるさくなるからまだ来なくていい!』って言ってんじゃないの?」などとつい憎まれ口を叩いてしまう孫は、自分の発言を一応反省しているのである。
わざと見えるように開いて置いてあるのかな?とも思ったりするのだが、そういう器用なことは一切できないB型人間なのでそれはないだろう。
ちなみに私もB型。

そして、今日も病室でこう言った。
「誰かがそばにいてくれるっていうのは心強いなぁ」
…負けたよ、殿様。
また、ちゃんとお見舞いに来るからね。

うちの殿様はとてもよくしゃべる。
うちの殿様にはまだまだ元気でいてほしい。
私は50年後には間違いなく殿様のようになっているだろう。
そして、うちの殿様、私が尊敬してやまない男である。

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