2010年12月25日 (土)

クリスマスざます。

毎年このブログでも言っていることですが、クリスマスは今日が本番です。
昨日はクリスマスイブです。
大晦日をお正月とは言いません。
みなさん、もっと25日を大事にしましょう。

今年は25日が土曜日だということもあり、母親の実家に行ってきました。
我が家は昔から家族中で集まってクリスマスを祝っていたので、今でも用事がない限りは母親の実家に集まっています。
まぁ、アメリカ人だからね。
…もちろんウソです。

こないだ、久しぶりに生シラスで作った生シラス丼を食べる機会がありましてね。
元々生シラスは大好きなんですが、あまりに美味しかったのでお取り寄せしました。
生桜エビも一緒に。
殿様(祖父)も生ものが好きなので喜ぶでしょ。
お土産に持ってったんですよ。

実家に着きましてね。
殿様の部屋に行って、遊びに来たぞって顔を出したら「おーまだ生きてるぞ」だって。
自分で生きていることが分かれば、まだアタマの方は大丈夫でしょう。

そんで、殿様に出したんですよ、生シラスと生桜エビ。
殿様大喜びですよ。
山に囲まれた山梨県の生まれのせいか、刺身とか海産物が大好物なんですよね。

そしたら、「くうみん!おじいちゃんに出しちゃダメだよ!嚥下障害だから!桜エビ殻付きだから!」ってまりりん(母の姉。つまりオバ。)に言われました。
あ、そっかそっか。
そう思って殿様のところに行って下げてこようかと思ったら…すでにバカバカ食べてるんですよ。
食べるというより掻き込むって感じですよ。
うーむ、恐るべし自称寝たきりの92歳。

いやいや、感心してる場合じゃない。
まりりんが食べちゃダメだって、…と言ってははみたのですが、なんせほぼ食べ終わっていて、残りを食べるのをやめる気配はありません。
さすがは我が殿様。
一応聞くけど入れ歯入ってるよね?
そしたら桜エビを頬張りながら「うんうん」とうなづきます。
ま、ちらし寿司食べてるくらいだから歯は入ってるわね。
ちゃんと噛んで食べてよね。オレのせいでなんかあったら困るんだから。
そしたらやっぱり桜エビを頬張りながら「うんうん」とうなづきます。
それだけ元気なら大丈夫でしょう。

歳も歳なんで、生ものを食べさせるのもちょっと心配ではあるのですが、「この歳になって好きなものを我慢する方が体に悪いよ」って。
私も、それは確かにそう思うので、まぁいいか、ってなっちゃうんですが。
…まぁいいか。

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2010年10月10日 (日)

年をとるということ。

いま、殿様(私の祖父)が入院しています。
特にどこが悪いということはないのですが、食事やトイレに介助が必要で、呼吸が乱れたり熱があったりするので、リハビリ病棟的な場所に入院しています。

ここは4人部屋で、殿様以外に3人のおじいちゃんがいます。
ひとりは身動きもしません。
ひとりは昔なにかの仕事をしてたのか、英語ばっかりしゃべり「オージャパンベスト」「あなたはジャパニーズ?」とかずっと言ってます。
ひとりは車椅子に座ったまま「寝かせてくださ〜い」とずっと叫んでいるのですが、昼間寝てしまうと夜ベッドで暴れるし、ただでさえ昼間起きてても暴れるので拘束帯を使われています。

いつかは自分もこんな風になるのかと身につまされる思いがします。
それと同時にこのおじいちゃんたちにも80年、90年分の人生があってそれを生きてきたんだよな
…そう考えるとなんだかとても切なくなります。

さて殿様。
食事は流動食。
誤嚥を防ぐためにとろみがついています。
はい、口をふさいで飲み込んで。
…うまくいきません。
はい、口をふさいで飲み込んで!
そしたら殿様に「それがすぐにできたら苦労はしないよ!」と怒られてしまいました。

その時、私はハッとしました。
うちの殿様はなんでもできるので忘れていましたが、彼とて92歳の老人には変わりないのです。
殿様は我々が「目をつぶったまま右と左の薬指をピッタリつける」とか「目をつぶったまま片足立ちしてバランスを保ち続ける」ような大変な思いを毎日していることに気がつきました。

「当たり前のようにできたことができなくなる。」
これが年をとるとゆうことなのです。

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2010年10月 8日 (金)

またしても殿様ぶっ倒れる。

「殿様の息が止まった!入院したよ!」といつもの通りの大げさな電話が魔女(私の母親)からかかってきました。
またぁ、いつものことだろ?
第一ホントに息が止まったら行く所は病院じゃなくて別の所じゃん?

殿様というのは魔女の父親、つまり私のおじいちゃんです。
まあ私も36歳ではあるものの、かわいい孫には変わりないんで病院に行ってきました。

確かに顔色は悪い。
グレーに近いような色です。
でも息はしてます。
そりゃそうだ。

でも頭のてっぺんからつま先まで調べたけど、悪い所はどこもなかったそうな。
頭はどうだって?
脳みそ入ってるって?
そりゃあよかった。

ただ、タンの切れが悪く息苦しそうではあります。
92年も生きてりゃそのくらいのことはあるでしょうよ。

そしたら「カーッ!」とタンが切れました!
やったじゃん!
そしたら少ししゃべりやすくなったらしく、顔色も良くなってきました。

ま、とにかく早く退院しろや。
病院なんかにいたらどんどん病人になっちまうぞ。

そしたら、そこで殿様が初めて女房に気づいたらしく、やんごとなき雰囲気で手を振りました。
「今気づいたの?」と、女房は大ウケです。
「おじいちゃん、退院したら大好物のうなぎで盛大に快気祝いしようね」って女房が言うと、息苦しそうに何か言っています。
一生懸命しゃべっているけど聞き取れない。
何かと思って耳を近づけてみると「…半分でもいいからな」だって。
…食べる気マンマンです。

あとは「…快気祝いだよ。葬式じゃないよ。」だって。
それだけ頭が回って気の利いたことが言えるなら十分です。
とっとと退院してきてください。

あ、そうそう。
殿様が「退院したら面白い話聞かせてやるからな」って言ってました。
…それ、今じゃダメなの?

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2010年5月 5日 (水)

祝!殿様92歳。

「オレにできないことは子どもを産むことと、クモの巣を作ることだけだ。」
私の祖父である殿様の言葉である。

実際、殿様は昔から器用な人で、タンスがなければ自分で作るし、子どもたちからすべり台が欲しいと言われればこれまた自分で作る。

殿様、すべり台を作るときに一番大変なことは?
「すべり板をつなぐ釘がすべった時に引っかからないようにうまく釘を打つことだな。」
なるほど、実際に作った人の言うことは含蓄がある。

私が小学生の頃には夏休みの工作の宿題の相談に行ったりもよくした。
殿様は隣にあった材木屋で木切れをもらってきて、それを鑿で削って鉋をかけて船なんかを作ってくれるのだが、そうゆう時に限って「これ、どう見ても小学生が作ったんじゃないじゃんよ~」とゆうようなリッパな船が出来ていたりする。
尤も、そんなのを持ってったって夏休みの工作の宿題のグランプリはヤクルトかなんかの容器で作ったバカデカい戦艦もどきかなんかだったりするのが小学生ならではのご愛嬌だったりするわけだけれど。

殿様は大工だったかというと全然違って印刷屋である。
これだけ器用なのにそれを職業にしたことはない。
器用貧乏の典型のような人で、私の器用貧乏も間違いなく殿様に似たと思われる。
孫である私だけではなく、7人いる子ども(私のおじおば)の中でも、学校の先生の資格を持っているのに先生じゃなかったり、イラストがものすごくうまくてもイラストレーターじゃなかったり、英語がペラペラでも通訳じゃなかったりと家族全員がその才能を飯の種につなげない器用貧乏の集まりである。

そんな殿様も今日で92歳。
わが家のゴールデンウイークの締めくくりは毎年殿様の所に集まってお祝いをするのが通例なのだ。
示し合わせなくても、家族それぞれがこの日は自然に柏餅を持って集まってくる。
おかげで山のように柏餅が集まり、わが家の家族のみんなが大好きなみそあんの柏餅を頬張る。

…のだが、今年は拠ん所ない事情で私は殿様の所には行かれない。
私が5月5日に殿様の所に行かないのは初めてかも知れない。

さすがにもうタンスやすべり台を作ることはないが、テーブルの上にゴミがあるとちょいちょいと紙を折ってごみ入れを作ったりしている。
この歳にしては大した手先の器用さである。
手を動かしていないと落ち着かないようだ。
だからこそ92歳になっても首から上は矍鑠としているのかも知れない。

また改めてお祝いに行くこととしよう。
殿様、くたばるまでどうか元気に長生きして欲しい。
まだまだ孫は殿様を頼りにしているのだから。

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2009年9月 6日 (日)

きょうのぴのこのにっき。

きょうはおとおちゃんもおかあちゃんもおうちにいます。
『おしごと』っていうのはないみたいです。
でもぴのこはきょうがおやすみだってしってました。
だってきのうのよる、おとおちゃんもおかあちゃんもおそくまでおきてたもん。
おひるぐらいになっておとおちゃんとおかあちゃんがきがえはじめました。
…いやなよかん。
またおいてかれる~!
そしたらおとおちゃんがだっこしてくれて「きょうはいっしょにいこうね」っていっておさんぽようのりーどをみせてくれました!
もうだいこうふんです!
きょうはおるすばんじゃありません!

さいしょにおとおちゃんのおともだちのあぼうくんがはたらいているくるまやさんにいきました。
おかあちゃんによると、おとおちゃんが『りったいちゅうしゃじょう』っていうところでくるまのあんてなをさげないではいってあんてなをおっちゃったんだって。
だからしゅうりだいはおとおちゃんのじばらなんだって。
よくわかんないけどぴのこのえさがへらなきゃいいです。

そのあとこまえのゆにでぃにいきました。
ぴのこはゆにでぃがだいすき!
ちかくにくるだけでわかっちゃいます。
しっぽがひとりでにぐるんぐるんになっちゃいます。
だっててんいんさんはみんなかおみしりであそんでくれるし、かーとにのってかぜをきってびゅんびゅんすすめるし、なによりもここはおとおちゃんとおかあちゃんにであったうんめいのばしょだから。

きょうはおんなのこがあそんでくれたので、おれいにかおをぺろぺろしてあげたらよろこんでくれてだっこしてくれました。
やっぱりゆにでぃはたのしいちゃん♪

それから『おとのさま』のところにいきました。
おとのさまはおとおちゃんのおじいちゃんです。
あそびにいくといつもねていますが、いいこいいこしてくれるのでぴのこのはおとのさまもだいすきです。
まじょちゃん(おとおちゃんのおかあちゃん)によるとおとのさまはおねつがあって「くうみんはこないなぁ」ってずっといってるんだって。
だからかおをだしたんだって。

おとのさまは「きょうはぐあいがわるくてなぁ、おれのいっしょうもおわりかなぁ」だって。
おとのさまは91さいだもんね。
しんぱいになっておとおちゃんのかおをみたら「だいじょうぶだよ、おとおちゃんはこのせりふ30ねんいじょうきいてるから」だって。
ちょっとあんしん。
でもいつものおとのさまよりやつれてたみたい。
おとおちゃんが「さらいしゅうのけいろうのひにけいろうにきてやるからそれまでいきてろよな」っていったら「さらいしゅうならだいじょうぶだろう」っておとのさま。
なんだかこのふたりのおはなしはまんざいみたいです。

それからおうちにかえってきたんですけど、とちゅうでおとおちゃんが「あ!くりーにんぐとりにいくのわすれた!」だって。
さっきは「かんぺきなきゅうじつだった」とかいってたくせに。
おかあちゃんもかんぜんにわすれてたみたい。
それからふたりは「ま、いっか」っていってかえりました。
やっぱりこのふたりはどっかぬけてるようです。
ぴのこがいないとだめなんだから。

でもきょうはいちにちおとおちゃんとおかあちゃんといっしょにいられてたのしかったです。
はしゃぎすぎたのかな?
なんだかねむくなってきちゃいました。
ではみなさんおやすみなさい…zzz。

…なんて思ってるのかはわかりませんが、とにかく今日は楽しかったみたいで大はしゃぎ!
うちに帰ってきたとたんバタンキュー。
Pinoko_sleep3
時々寝言を言います。
どんな夢を見てるのやら。

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2009年5月 5日 (火)

こどもの日は殿様の日!

今日は毎年の恒例で魔女(私の母親)の父親、つまり殿様(要するに私のじいさま)の誕生日を祝うのに魔女の実家に行ってきました。
子どもの頃から5月5日は殿様の誕生日なので母親の実家に集まることになっています。
若い頃から放蕩の限りを尽くした私でも、毎年この日だけは別の予定を入れずに殿様の下に駆けつけています。

うちの殿様、大正7年生まれで今年で御年91歳。
まぁご立派!

「最近くうみんはオレの所に顔出さないなぁ」と魔女にこぼしていたそうです。
そんなことないよ!
顔は出してます!
…のつもりでしたがつもりはつもり。
確かに1ヶ月以上顔を出していませんでした。

殿様よぉ、顔出しててんべ?と本人に確認したのですが…。
「お前がこの前来たのは…お彼岸か?」
…ピンポン。
いい記憶力です。
私が忘れてたことをシッカリ覚えてます。
やるな、91歳の脳細胞。

さて、時間も時間でそろそろ帰らにゃいかん。
じゃあ殿様、そろそろ帰るよ。
また来からな。
「おい、くうみん。」
なに?
「お前いくつになった?」
ん~、7月で35。
孫が35歳だぜ!
長生きしてよかったろ?
「お前こそ35歳にもなってまだお祖父ちゃんが生きてるのはいいだろう?」
う…。
まぁな。
た、確かにな。
ありがたいと思うよ。

それにしても口の減らねぇジジィだな、オイ。
まぁ、また顔を出さないって言われない程度には来るからよ。
帰るぜ。
「くうみん。お前、来るのはいいけどオレが生きてるうちに来ないと会えないぜ。」
…ったく。
あー言えばこー言うで、それだけドタマが回りゃあ、あと10年はお迎えは来ないな。

じゃあ、用はないけどちょくちょく来るからな。
「おい。」
ん?
「お前は用がないかも知れないけどオレにとってはお前の顔を見るのが用だよ。」
…まいった。
そうだな、その通りだわ。

しかし。
90過ぎたじいちゃんに未だに問答で勝てないんだからな。
なんともはや。
殿様、どうか死ぬまで長生きしてこれからも私とず~っと問答してください。
…ったく。<`~´>ゞ

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2008年9月15日 (月)

第42回敬老の日。

今日は敬老の日。
昭和41年に祝日として制定されたそうな。
なので今年で42回目。
ちなみにその前までは「としよりの日」や、「老人の日」と呼ばれていたそうな。
なんちゅう名前じゃ。

昨日のうちに母方の祖父である殿様のところに「敬老」してきた。
90歳になるが、首から上はすこぶる元気である。

実家にはネコが2匹。
こんなに大きくなっててちょいとビックリ。
Nene_koko_080915
でも、真ん中でぶら下がってるヒモの誘惑には勝てず、ネコパンチを繰り出してはちょっかい出しています。
あんまりしつこくやったもんだからジーンズの上から引っ掻かれました。
アタタ。

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2006年1月18日 (水)

ラーメン屋さん探し。

こないだテレビでサンボマスターが食べたいと言っていたラーメン屋があるので探していってきた。
殿様の病院からそう遠くない場所にあるので、お見舞いの帰りに行ってきた。

感想は…そんな美味しくなかったな。
1回ではわかんないのでもう1回行こうと思ってるけどね。
今度はつけ麺でも食うか。

環七沿いはラーメン屋が多いけど美味しいところは数えるくらいしかないな。
一番美味しいところは、世田谷野沢の「せたが屋」だね。
あそこは美味い。

例外として、新代田の駅前にもラーメン屋が2軒あるけどどっちも美味いらしい。

ほかに有名な店もあるけど大したことないね。
新代田駅の周辺は。

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2006年1月14日 (土)

またも殿様のお見舞いへ。

殿様とはうちのジイさんのことである。
清瀬の病院に転院していたのだが、具合が悪いこととあまりにも遠いので、元々いた中野の病院に再転院となった。

しかし、今日母親から、「昨夜おじいちゃんの血圧が50まで下がって、呼吸が止まった。油断できない状態だから見に行ったほうがいい」と電話がかかってきた。
そりゃ、いくらなんだって良くないのですぐにでも行きたかったが、午後から研修が入っていたので、それが終わってから病院に駆けつけた。

病院に行ってみると、顔色はいいし、表情もハッキリしている殿様がいた。
なんだ、大丈夫そうじゃないか。
「元気?」と声をかけてみる。
元気じゃないから入院してるのは承知の上だ。

すると殿様こう言った。
「おじいちゃんはね、いま危篤状態なんだよ。」
自分で危篤だという患者には初めてお目にかかった。

きちんとしゃべれるし、バイタルも血圧が上は90、場合によっては100を突破しているし、酸素も100が出たりする。
「酸素」とは酸素を取り込んでいる率のことで100が最高である。
これだけ見れば、まったく元気な普通の年寄りに見える。

こんなことも言っていた。
「なんかね、昨日かな。みんなが周りで騒いでるんだよね。それで何かな?と思ったんだけどおじいちゃんね、血圧が下がりすぎちゃったんだって。」
そりゃ大騒ぎにもなるわいな。
なんとも本人にはノンビリしたものである。
ちなみに、そのときに呼吸も止ったんだってよ、とは本人には言わなかったけど。

そんで帰り際に看護師さんに「ご家族がいる間に吸入してください」って言われたので、やろうと思ったら、なんと殿様自分で吸入器をもって吸入を始めたのである。
世にも稀な「自分で吸入をする自称危篤患者」である。

時間になったので、「困ったらココを押して看護師さんを呼ぶんだよ」って言ったら、殿様が「ここに置くのは作戦がいるんだよ。ここに黒を置いたら、ここに白を置くだろ。そうすると角が挟まれるから…」と言い始めた。
最初は何のことだか分からなかったのだが、どうやら囲碁のことのようだと分かった。
ナースコールのボタンを碁石に見立てて囲碁の解説を始めたのである。
ちなみに殿様は囲碁が大好き。
私もまねごと程度なら打てるので元気なら相手してあげられるのにな、と思った。
そういえば、このボタンの上にあるスピーカーの網目が碁盤に見えないこともない。

「じゃあ、明日も来るから囲碁の話は明日聞くね。」と言って帰ってきた。
女房に「殿様は妄想が見えてあんな話をしたのだろうか?」と言うと「違うよ、おじいちゃんは帰って欲しくないから引き止めようとして何でもいいから思い浮かんだ話をしたんだよ。」と言われた。
本当にそうならそれはそれでいいんだけどさ。

昨日も寝てから異状があったっていうし、寝る前に起こることはちょっと警戒しているのだ。
明日もお見舞いに行くことにしよう。

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2005年12月25日 (日)

私にとってまだまだ必要な人。

私は祖父のことを「殿様」と呼んでいる。
亡くなった祖母がそう呼んでいたのを気に入って、私もそう呼ぶようになったのだ。
本人も悪い気はしないらしく喜んでいる。

1年以上前から入院しているのだが、最近転院した。
場所は清瀬市だ。
清瀬。東京の市部の中でもかなりの田舎に入る。

有名なのは、病院がたくさんあること。
昔は空気のいいとこだったらしく(今もだけどね)結核関係の病院がたくさんあるのだ。

殿様もそんな病院の中のひとつに入院している。
私は元々西東京市の人間だから、西東京からだったらそんなに遠くないのだが(それでも車で30分はかかるけど)残念ながら私のうちは世田谷の三軒茶屋だ。

清瀬は同じ東京とはいえ思った以上に遠いのだ。

24日の日にコンサートを見ていると母親から電話があった。
入院中の殿様の具合が悪いと言うのだ。
具合が悪いから入院しているだけど、そういう意味ではないらしい。

熱が39度あって、もしかして肺炎だったらヤバいかも、というのだ。
なんせ87歳だからね、なにがあってもおかしくはない。
でも、多分今日は大丈夫だよね。
今日はコンサート見て、明日朝から行くよ、ってことにした。
なんて祖父思いの孫だろう。
ゴメンね、殿様。

そんで、朝から病院に向かったのだが、まあ道の空いてること。
いつもこうならいいのに。

そんで、殿様のところに到着。
私のことは分かるし、言ってることは聞きづらいけどわかる。
熱も下がったみたいだし、これも看病のおかげだろうか。

そんで、殿様がこう言った。
この言葉はハッキリ聞こえた。
「これで、オレの一生も終わりかな…」
そこで、辛口の孫はこう言った。
「本当に一生が終わりそうな人はそんなこと考えられなくなるから、まだ大丈夫だ。本当にそうなりそうになってから考えればいい」
なんだか禅問答みたいだが、本人も笑ってたのでよしとしよう。

でも、お願い。
前の病院に戻って。
やっぱ清瀬は遠いわ。
道が空いてたって1時間半かかるもん。

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